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川口の名産・安行の植木

川口の名産のひとつに安行の植木があります。かつて安行村と呼ばれた地域は1956年(昭和31年)に市に編入されていますが、安行という地名は今も残っており、埼玉高速鉄道の駅名である戸塚安行にも名前を刻んでいます。

 

安行の植木の歴史は1618年(元和4年)前後に関東郡代の伊奈半十郎忠治がこの地域の治水や開墾を行い、植木を奨励したことに始まります。きわめて起伏に富んだ地形になっており、台地と傾斜地と低湿地に恵まれていたためと言われており、植木の一大産地として名前を高めていきます。植木職人として伝説的な人物である吉田権之丞(1635〜1703年)は、江戸の技術を巧みに取り入れ、江戸が大火に見舞われた後、苗木や草花を江戸に持ち込んで大変な人気を博しました。茅や藁を売り込みに合わせて植木や花を出荷するというアイデアが大当たりし、植木と言えば安行という地位を確立します。このときの市場開発と植木・苗木の生産が生産地としての安行の基礎と言われています。

 

明治からさらに生産農家は増え、すでに明治30年ころには海外へも輸出も行っています。海外からは逆に果樹やバラなどの新しい品種を輸入し、安行で植えられて全国に出荷されるようになりました。気候や風土などの好条件と、伝統の職人気質を持ち合わせた植栽は今でも健在です。いわゆる仕立て物と呼ばれるマツやマキ、ツゲなどの庭木用樹木は安行流と言われる美しく仕上げる技術を誇っています。国際的な園芸博覧会には安行から日本代表として出展することが多く、数々の賞に輝いています。